大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)6271号 判決 1985年8月16日
原告(反訴被告)
九州運送株式会社
ほか一名
被告(反訴原告)
中川進
主文
一 本訴原告(反訴被告)らの本訴被告(反訴原告)に対する別紙交通事故に基づく各自の損害賠償債務は、金二六三万九、一二二円およびこれに対する昭和六〇年二月二日から支払済まで年五分の割合による金員を超えては存在しないことを確認する。
二 本訴原告(反訴被告)らのその余の請求を棄却する。
三 反訴被告(本訴原告)らは各自、反訴原告(本訴被告)に対し、金二六三万九、一二二円およびこれに対する昭和六〇年二月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
四 反訴原告(本訴被告)のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は本訴、反訴を通じてこれを一〇分し、その三を本訴原告(反訴被告)らの負担とし、その七を本訴被告(反訴原告)の負担とする。
六 この判決は三項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 本訴請求の趣旨
1 本訴原告(反訴被告・以下原告という。)らの本訴被告(反訴原告・以下被告という。)に対する別紙交通事故に基づく損害賠償債務は存在しないことを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 本訴請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
三 反訴請求の趣旨
原告らは各自、被告に対し、金一、〇二八万〇、七八二円およびこれに対する昭和六〇年二月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は原告らの負担とする。
四 反訴請求の趣旨に対する答弁
被告の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告らの主張
(一) 事故の発生
原告森勇(以下原告森という。)は、原告九州運送株式会社(以下原告会社という。)の所有する加害車をその業務のため運行中、別紙交通事故を発生させた。
(二) 被告の受傷
被告は、本件事故により外傷性頸部症候群などの傷害を受けたとして、昭和五九年五月七日から入・通院治療を受けている。
(三) 事故と受傷との因果関係
1 本件事故は、加害車がセコンドギヤーで発進して約四ないし五メートル進行した際、被害車との接触の危険を感じて急ブレーキをかけたが間に合わず、駐車中の被害車と接触した、という軽微な事故であつて、被告は身体を打ちつけたというものでもなく、また、被害車が加害車の接触によつて移動したということもなかつた。
2 被告には、第五、第六頸椎間狭少、第四、第五腰椎間狭少、第五腰椎分離などの経年性による既往症があり、被告の主訴のうち主なる症状である疼痛は、第五腰椎分離による症状であることを考慮すれば、被告の症状の大半は被告の体質的素因に基づくものであつて、本件事故と因果関係にない。
3 被告の入・通院治療が長期化した理由は、右の如き被告の体質的素因に加えて、心因性に基づく精神安定治療の必要性によるものであつて、被告の損害について相当な割合による減額がなされるべきである。
(四) 損害の填補
被告は原告らから七二万六、三六〇円、自賠責保険金として七五万円の支払を受けた。
(五) よつて、本訴請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。
二 原告らの主張に対する被告の認否
(一)の事実は認める。
(二)の事実は認める。
(三)は争う。
(四)のうち、昭和五九年六月から八月までの給料として被告勤務会社を通じて各二〇万円宛支払われたこと、及び自賠責保険金として七五万円を受領したことは認め、その余の事実は否認する。
三 被告の主張
(一) 事故の発生
原告森が加害車を運転中、別紙交通事故が発生した。
(二) 責任原因
1 使用者責任(民法七一五条一項)
原告会社は、原告森を雇用し、同人が原告会社の業務の執行として加害車を運転中、後記過失により本件事故を発生させた。
2 一般不法行為責任(民法七〇九条)
原告森は、前部を西へ向けて駐車中の加害車を発進させて進行するに際しては、前方を注視し、運転操作を適切にして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、前方を注視しないまま左方へのハンドルを切りすぎたため、同車両に並行して前部を東へ向け駐車中の被害車左後部に自車左側部を衝突させた。
(三) 損害
1 受傷、治療経過等
(1) 受傷
頸椎及び腰椎捻挫、外傷性頸部症候群、背筋挫傷
(2) 治療経過
入院
昭和五九年五月七日から同年八月一九日まで
通院
昭和五九年五月四日から同年一〇月四日まで(但し、入院中を除く。)
(3) 後遺症
被告は、本件事故による傷害のため、局部に頑固な神経症状を残して昭和五九年一〇月四日症状固定した。
2 治療関係費
(1) 治療費 二八六万一、七七〇円
(2) 入院雑費 一〇万五、〇〇〇円
入院中一日一、〇〇〇円の割合による一〇五日分
(3) 通院交通費 一万九、六〇〇円
一回往復五六〇円の三五日分
3 逸失利益
(1) 休業損害
被告は、事故当時下田運輸(株)に勤務し、一か月平均二六万〇、五四〇円の収入を得ていたが、本件事故により、昭和五九年五月七日から昭和六〇年一月三一日まで休業を余儀なくされ、その間二三三万四、四二四円の収入を失つた。
(2) 将来の逸失利益
被告は前記後遺障害のため、その労働能力を四年間にわたり一四%喪失したものであるところ、被告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一五五万九、九八八円となる。
4 慰藉料 二五〇万円
内訳
入・通院慰藉料 八〇万円
後遺障害慰藉料 一七〇万円
5 弁護士費用 九〇万円
(四) 反訴請求
よつて、反訴請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。)を求める。
四 被告の主張に対する原告らの認否
(一)の事実は認める。
(二)の事実は認める。
(三)は否認する。
第三証拠
記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。
理由
第一事故の発生
別紙交通事故が発生したことは、当事者間に争いがない。
第二責任原因
一 使用者責任(民法七一五条一項)
被告の主張(二)1及び2の事実は、当事者間に争いがない。従つて、原告会社は民法七一五条一項により、本件事故による被告の損害を賠償する責任がある。
二 一般不法行為責任(民法七〇九条)
被告の主張(二)2の事実は、当事者間に争いがない。従つて、原告森は民法七〇九条により、本件事故による被告の損害を賠償する責任がある。
第三損害
一 受傷、治療経過等
1 成立に争いのない甲第五、第六号証、乙第三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四号証、乙第二号証、弁論の全趣旨により原告ら主張通りの写真であることが認められる検甲第一号証の一ないし三、第二号証の一ないし七、第三号証の一ないし六、証人中村行信、同吉栖正人の各証言、原告森、被告各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
(1) 本件事故現場は、東西に走る欽明有料道路に面したパーキングエリアであつて、右道路の北側に位置し、右道路寄り中央部にトラツク用の駐車場四台分が白線ペイントにより印されており、アスフアルト舗装のなされた駐車場であつた。
(2) 本件事故態様をみると、中央部トラツク用駐車場北端に西に向け駐車していた加害車(一〇・二五屯車ではあるが、当時積載荷物はなかつた。)が時速約五キロメートル前後でハンドルを左に切りながら発進進行中、加害車の南隣に東へ向け駐車していた被害車(四・五屯車ではあるが、当時積載荷物はなかつた。)に接触し、あわてて急制動の措置がなされた。事故後の両車両の傷害をみると、加害車には、左方前輪上の前から二番目の金のやや前方から長さ一二〇センチの凹損とはいえず、また、払拭痕ともいえない程度の擦過痕が、被害車には、左後部から約五〇センチ前方の位置でシートが破れ、その内側車体に加害車金跡が三〇ないし四〇センチにわたつて押しつけられたような傷跡がみられた。
(3) 被告は、本件事故当時、シートを倒して横臥していた状態から上半身を起し、ヒーターを作動させようと右手を伸ばした際に衝撃を感じ、体が左にねじれたような状態となつたが、体を車体にあてることはなかつた。
(4) 被告は昭和一四年一二月二七日生れであつて、昭和五四年ごろに追突事故の被害者となつたこともあり、また、運転手、土木建築従業員としての職歴から、昭和五九年五月四日の吉栖外科における初診時のレントゲン検査結果では、頸椎第五、六間の椎間板に経年性の狭少化がみられ、後屈で頸椎第四、五間にずれが、前屈で第五、六間の狭少化が顕著であり、また、腰椎第四、五間の椎間板にも経年性の狭少化がみられ、腰椎第五に分離の既往症が認められた。
(5) 被告は、本件事故から五日目の昭和五九年五月四日に後頭部痛、頸部痛、眩暈感、吐気、左腕手のしびれ感、腰痛、頸部腰部の運動制限を訴えて吉栖外科に来院し、診察の結果、頸椎及び腰椎捻挫、外傷性頸部症候群、背筋挫傷と診断されたが、同病院でレントゲン検査をしたところ、頸部、腰部に異常が認められたため、同病院医師は精神、神経、身体の安静を保つ目的で入院治療をすすめ、同月七日から入院治療を受けることとなつたが、入院後も発汗異常、顔面蒼白、瞳光の対光反射遅延がみられ、不定愁訴が多く、微熱が続くなどの自律神経失調症の症状がみられ、同病院において、精神安定剤などの対症療法的な投薬、注射、リハビリとして持続けん引、あんまの各治療を受けていた。
被告は、昭和五九年八月一九日軽快退院したのに、退院後も症状が改善せず、同年一〇月四日、自覚症状としては、頭痛、眩暈感、頸部痛、両肩こり、腰痛、頸部及び腰部の運動痛、背屈障害、目の霧視等が、他覚症状としては、頸部、腰部の圧痛、両下肢の知覚鈍麻等の障害を残して症状固定したものと判断されたが、これらの症状の多くは、被告の既往症である頸部、腰部の椎間板の狭少化及び腰椎分離に求められ、その他筋肉の攣縮による神経根の圧迫が原因となるものと判断された。
2 右事実によれば、被告は、シートを倒して横臥していた状態から上半身を起こし、ヒーターを作動させようと右手を伸ばした際に、加害車左側面が被害車左側面後方に接触する衝撃を受けたこと、被告には既往症として頸椎第五、六間の椎間板に狭少化がみられ、腰椎第四、五間の椎間板にも狭少化が、また腰椎第五には分離がみられたため、軽微な衝撃であつたのに被告には多彩な症状が発現し、頸椎及び腰椎捻挫、外傷性頸部症候群、背筋挫傷の傷害が生じたこと、被告は、右病名で吉栖外科において昭和五九年五月七日から同年八月一九日まで被告の心因性に基づく症状もあつて長期の入院治療を受け、その後通院治療を受けていたが症状は改善せず、昭和五九年一〇月四日ごろ、頸部及び腰部に神経症状を残して症状固定したことが認められ、右によれば、被告の右既往症を媒介として、本件事故と被告の右傷害との間に因果関係があるものというべきである。
二 治療関係費
(一) 治療費
成立に争いのない乙第五号証によれば、被告は吉栖外科において本件事故による傷害治療を受け、昭和五九年五月四日から同年九月二九日までの治療費として合計二八六万一、七七〇円を要したことが認められる。
(二) 入院雑費
被告が一〇五日間入院したことは、前記のとおりであり、右入院期間中一日一、〇〇〇円の割合による合計一〇万五、〇〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。
(三) 通院交通費
成立に争いのない乙第三、第六号証によれば、被告は前記通院のため合計一万九、六〇〇円の通院交通費を要したことが認められる。
三 逸失利益
(一) 休業損害
前記認定の被告の受傷内容、治療経過、ことに軽快退院したこと及び被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第四号証によれば、被告は、事故当時下田運輸(株)に乗務員として勤務し、一か月平均二六万〇、五四〇円(円未満切捨て。)の収入(事故前三か月平均月収)を得ていたが、本件事故により、昭和五九年五月一日から同年八月一九日までは一〇〇%、同月二〇日から同年一〇月三日までは七〇%の休業を余儀なくされ、その間合計一四八万四、九九二円(円未満切捨て。以下同じ。)の収入を失つたことが認められる。
計算式
1万0,421円×111日+1万0,421円×45日×0.7=148万4,992円
(二) 将来の逸失利益
前記認定の被告の収入および前記認定の受傷並びに後遺傷害の部位程度によれば、被告は前記後遺障害のため、昭和五九年一〇月四日から少くとも二年間、その労働能力を五%喪失するものと認められるから、被告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、二九万〇、九一八円となる。
計算式
26万0,540円×12×0.05×1.861=29万0,918円
四 慰藉料
本件事故の態様、被告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、その他諸般の事情を考えあわせると、被告の慰藉料額は一二〇万円とするのが相当であると認められる。
第四被告の体質的素因
前記第三の一で認定したとおり、本件事故が被告の身体に及ぼした物理的衝撃はきわめて軽微であつたのに、被告が本件事故により受傷し、かつ、長期の入院治療を要する損害が発生した理由が、被告の既往症、すなわち、頸椎第五、六間の椎間板に経年性の狭少化、後屈で頸椎第四、五間にずれ、前屈で第五、六間の狭少化が顕著で、腰椎第四、五間の椎間板に経年性の狭少化が、また、腰椎第五に分離の各体質的素因がそれぞれ存在したためであつて、かつ、被告の傷病について、長期の入院治療を必要とした理由が入院につき、身体の安静を保つためであるとともに、精神、神経の安定のためであつて、長期化につき、心因性に基づく自律神経失調症状に対する対症療法のためであつたというのであるから、損害の公平な分担という見地から、損害を拡大させた被告の右の如き負因を考慮するのが相当と認められ、民法七二二条を類推適用して、被告の損害のうち三割五分を減ずるのが相当と認められる。
そうすると、被告の総損害額五九六万二、二八〇円のうち六割五分に相当する三八七万五、四八二円についてのみ原告らに損害賠償請求をなしうるということになる。
第五損害の填補
被告が自賠責後遺障害保険金として七五万円を受領したことは、当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第一ないし第三号証、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らは被告の勤務先である下田運輸(株)を通じて被告に対し合計金七二万六、三六〇円の支払をしたことが認められる。
そうすると被告が原告らに請求しうる金員は、被告の前記損害額三八七万五、四八二円から右填補分一四七万六、三六〇円を差引いた二三九万九、一二二円となる。
第六弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、被告が原告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は二四万円とするのが相当であると認められる。
第七結論
よつて原告らは各自、被告に対し、二六三万九、一二二円、およびこれに対する反訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和六〇年二月二日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払う義務があり、原告らの本訴請求及び被告の反訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 坂井良和)
別紙交通事故
1 日時 昭和五九年四月二九日午後一一時頃
2 場所 山口県玖珂郡玖珂町鋭明路売店駐車場内
3 加害車 大型貨物自動車(大分一一か三〇八六号)
右運転者 本訴原告(反訴被告)森勇
4 被害者 普通貨物自動車(以下、被害車という)
乗車中の本訴被告(反訴原告)
5 態様 本訴原告(反訴被告)森勇が駐車場内で前部を西へ向けて駐車中の加害車を発進した際、左方へのハンドルを切りすぎたため、加害車に並行し、前部を東へ向けて駐車中の反訴原告(本訴被告)乗車の被害車左後部の角に自車左側部を接触させたもの